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日替わりの街・赤坂

赤阪に会社を置いて30年近くなる。

住んではいないが、一日の大半を過ごしている場所なので慣れ親しみ、外から赤坂の街に戻って来ると、ほっと安堵感を覚える。
すっかり自分の居る街という感覚になっている。
しかし、この30年で赤阪も大きく変わった。

ボクたちの会社のある三筋通りの外れの一角は、以前はリトルソウルと称されていた所で、韓国系のお店が多く、居住する韓国の人たちも沢山いた。
とにかく猥雑な街で、会社を訪ねて来るお客さんたちは一様に
「良い所に会社がありますね」
と褒め言葉とも何とも受け止め難い微妙なニュアンスの言葉を口にするが、ボクがとても気に入っている土地柄だ。

現在も韓国系のお店が目立つが、以前に比べると少なくなった。
韓国人ばかりでなく、一時はアフリカから来た黒人たちが多い時期もあったし、インドの人たちも多くいた。
ロシアの美女たちが席巻する時期もあった。

そして今は、圧倒的に、中国からの出稼ぎに来ている女性たちが多い。
そんな中には、モンゴルからの人たちも大勢いる。
赤坂は人種のるつぼでもある。
とても楽しく面白い街なのだ。

建物も半分以上は建て替えられているのではないかとさえ思える。
一時は多かった料亭の多くがその姿を消してから久しいが、昨日までの八百屋がいつの間にかネットカフェに変貌するし、洋服屋がレストランになっている。
和装小物店舗が洒落た高級洋菓子店にという具合に次から次へとひとつのお店が潰れては間を置かずに新しいお店が出現する。

近頃はホテルが異常に増えている。
パチンコ店が無くなったなと思っていると瞬く間にホテルに様変わりしている。
本当に目まぐるしく、お店が出来たと思えば無くなっていて、その変遷ぶりはまさに日替わりの感がある。
久々にランチを食べに行くとすでにお店が無いといった具合である。
とてもその変化とエネルギーの凄まじさには付いて行くことができない。

赤坂の街の実態がどうなっているかは分からない。
誰がこの街を仕切り、これ程までのエネルギーを産み出しているのか等についても知らない。
あくまでもボクは傍観者で、ただ街の外観を見ているこの街に生きるひとりだ。

つい先日、取引頂いている銀行の営業の方が来られた。
「今年も新入社員を採用されたようですね」とベテラン銀行マンは、話の水を向けた。
「おかげ様で3人が来てくれました」とボクは調べものをしていた新入社員たちを呼んで来て紹介した。
「良い会社に入社されて良かったですね」と銀行マンは新入社員たちに語りかけた。

「私たちは、ただ、こちらのものをあちらに動かすだけの仕事ですが、あなた方は何も無いところから、新しいものを創り出す訳ですから、大変だけれど面白くてやりがいのあるお仕事ですね。その意味で、私たち銀行とは対極にあるお仕事ですね」
さすがは大企業のベテラン社員だ。
誇りを隠し、謙遜を込めて相手を持ち上げてくれる。
新入社員の3人はいきなり銀行マンに紹介されて戸惑いつつも、うんうんと頷いている。

「先日、盛大な30周年のパーティーを催されましたが、立派なものですよ。昭和、平成に誕生した企業で、今現在、生き残っている会社は5~6%もありません。私どもの支店で800社ほどとお取引をしておりますが、昭和生まれの会社は、数えるほど僅かしか残っていません。30年続いているのは大した会社です」

旧財閥系のメガバンクのこの営業マンは、ボクたちの会社の過去の業績を綿密に分析してくれていて、特別に依頼している訳ではないが、コンサルに近いアドバイスなどもしてくれている。

「設立10年位ではまだまだ危うい。でも30年続けば大丈夫です。石垣を土台からしっかりと積み上げているのと同じように、なかなか崩れることはないのですね」
まるで新入社員たちの研修をしてくれているようだな、とボクは感謝する思いだった。
「余計なことを申し上げましたが、どうぞがんばって下さい」と銀行マンは新入社員たちに言った。

銀行の営業マンと云えば、先日、別のメガバンクの営業担当者が挨拶に見えた。
まだ入社して2年目の若者である。

ところで、ボクたちの会社はメガバンク三行と取引させて貰っているが、各銀行によって担当営業マンの年齢にそれぞれ決まった特徴があるのが興味深い。

入行2~3年目と決めている銀行、30代~40代前半の中堅の銀行、ベテランを配置する銀行、と各銀行によって方針が決められているようだ。
取引会社のクラスによって分けられているのかどうか、その理由は分からないが、永年、同じ形であるのが面白い。

その若い銀行マンによると、彼の銀行ではこれまで毎年2000人ほどの新入社員を採用してきたが、最近ではリストラが盛んに行われ、新人採用も1000人規模に減ったという。
そして、途中で辞めて行く若者たちが多く、3年後まで残っているのは100人ほどになるとのことだった。

「ところで、あなたは大丈夫ですか」と聞くと「私はがんばるつもりです」とまるで面接時のような調子で真面目な答えが返ってきた。
銀行も昔と違って様変わりしたようで、色々と改革も迫られているようだ。

世の中は良くも悪くもどんどん変化している。
その変化に対応して人びとの考え方や行動も大きく変化する。
それがまた世を変化させる。
そのスピードはボクたちの想像を絶する速さで進んで行く。
下手をすると置いてきぼりになるのではないかとの恐れが、さらにそのスピードを加速させて行く。

赤阪の街に存在する何百、何千とあるお店や会社も同様にそのスピードの渦に巻き込まれながら必死になって泳いでいる。
そして、泳ぎ疲れた時に消滅する運命だ。
しんどく、切ないけれども、それが面白く、また楽しい。

灯っては消え、消えては灯る赤坂のネオンの街は生き物のようだ。
そして、それは人生の縮図にも映る。

だから、とボクは思う。
ネオンの灯りの無い処では、ボクは暮らすことは出来ないと。
ボクは赤坂の街が好きだ。

   「駆ける街 命背負いて 春の風」


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ボクが嘘をつかなくなったワケ

毎度ながらの愚にもつかない与太話で。

人はその一生で何回生まれ変わるのだろうか。
論語で知られる孔子によれば次のようになる。

吾十有五にして学に志ざす
三十にして立つ
四十にして惑わず
五十にして天命を知る
六十にして耳従う
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず

という事で、孔子も6回は生まれ変わっているようである。
七十にして云々……とは説明の必要もないが、自分のやりたいようにやっても、分をわきまえているので、やり過ぎになったり、周囲とトラブルを起こすようなことにはならない、と言うような意味だろう。
ボクなどの凡人にとっては、実際にはなかなか達しえない境地だ。

しかし、賢人、凡人と個人差はあるにしても、人は一生の人生で、何度かの転機を迎え、その度に考えや生き方に変化を来たすことは今も昔も変わることはないようだ。
孔子に倣いボクの場合はと言えば

吾十有八にして大学受験に失敗し学に志す
三十にしてドキュメンタリーの何かに触れる
四十にして惑い、オルタスジャパンを設立する
五十にして禁煙す
六十にして離婚、再婚し、再び喫煙す
七十にして嘘の無駄を知る

自分の人生を振り返る趣味はないが、改めて眺めてみると、何とも情けない内容である。
凡人の典型で大した生まれ変わりをしていない。
それでも、凡庸なりの人生の節目はあった。

勿論、孔子と比べるべくもないが、社会や世の中の形がどう変わろうと、また生活形態の変化がどうあろうと、人の営みの基本は古来から根本的に変わることは無く、人間の知恵そのものはこの何千年来、少しも進歩していないと、つくづく感じる。

科学が進み、多くの発明や発見で、昔には無かった物が増えたし、便利になったことは確かだが、それは人間の知能が進化した訳では無く、昔の人が何千年も生き続けていれば、きっと現在の世の中と同じ物を生み出していたのだろう。
考えてみれば、生物の進化はそれほどの短い期間では進む筈もない。

それが証拠に、5000年も前に建設されたエジプトのピラミッドは未だに世界七不思議のひとつだし、2000年ほど前に生まれた仏教やキリスト教や1500年ほど前のイスラム教を超える宗教はその後現れない。
2300~400年前にはソクラテスやアリストテレスがすでに哲学を確立し、2600年前の孔子の言葉をボクたちは学び感心している。
まさに温故知新である。

そして、何よりの証拠に、人はボクたちの知る限り、愚にもつかない同じ争いを繰り返し、一向に平和な世の中を作ることさえ出来ないでいる。

ところで、物体であれ、制度、形態であれ、形あるものはすべて必ずその形を永遠に持続することが出来ないことは周知だが、世界には絶対不変の存在はあるのだろうか。

それは時間かもしれない。
唯一時間だけは永遠に不変不滅の存在に思える。

時間は考えれば考えるほど不思議な存在で、誰もそれをコントロール出来ない。
意志を持たない時間という存在が実はすべてを司っているとも思えてくる。
もし、人が時間をコントロールできれば神になれるかも知れない。
あるいは、時間が神であるのかもしれない。

逆に言うと、時間の支配の下で、万物は時間と虚しい闘いを続けているようにも思える。
当然ながら、命の長さを支配しているのも時間で、孔子が三十にして……と区切っている年齢も時間が決める。

もし仮に、命が時間から解き放たれて永遠に続けば、孔子の伝で行くと、吾二百にして……、吾五千にして……、となる訳で、そこにはどのような言葉が入るのだろう、訳知りの知恵者となっているのか、あるいは逆なのかどうか、などと思わず想像を逞しくしてしまう。

人は一生という時間の制約があるから、その時々を懸命に生き、人生に節目を作り変化出来るのだ、とも考えられる。
ボクの場合で言うと、一番大きな節目は、70歳代半ばの今に在ると感じている。

妻の要望で、3年前から年に一度、脳のMRI検査を受けているが、つい先日さる大学病院で診て貰ったところ、脳そのものに問題は無いが、血管が細くなっている箇所がいくつかある。
その細くなった血管が切れたり、詰まったりすると、いつポックリ行くか分からない、それならまだしも寝たきりになるかもしれないから、食事に気を付けて運動をするようにと主治医から言われた。

他人事だけに若い医者は恐ろしいことを淡々と話すことが出来る。
わざわざ付き添ってきた妻の「先生、タバコを止めるように強く言って下さい」との言葉を受けて医者は「タバコを止めるように」と改めて強調した。
症状は2年前と変わらず、その時は「タバコは個人の自由ですから」と言っていた医者が妻の勢いに忖度している。
そして,また一年後の検査の予約を半ば強制的にさせられて帰ってきた。

患者を脅かすのが医者の商売だから、気に留めてはいないが、当らずと言えども遠からず、の状況にあることは本当なのだろう。
いずれにせよ、元気で仕事出来る残された時間を意識せざるを得ない年齢になった。
その意識は日に日に強まっているが、それと同時に、日常で嘘をつくことが無くなっていることに気付く。

以前は平気で嘘もついていた。
ハッタリを飛ばしたり、脅したり、すかしたり、いなしたり等々それなりの貧弱な手練手管も使っていた。
特別に意識していた訳でもないのだが、何となく自然に身についていた。

ボクは年上の方々との付き合いが多かったので、親しくしている人たちの中には
「この人はタヌキだから騙されないように気をつけなさいよ」
などと、まだ付き合い始めた頃の今の妻に、助言するお節介な年寄たちもいた。

しかし、ここ数年、そんな山っ気や嘘の類がすっかりボクから抜け出てしまった。
自分で言うのも気が引けるが、余計なものや余分なものは何処かへ引っ越してしまった。

食欲を初めとして様々な欲望は当然あるのだが、欲望の形が変わったのだろうか、嘘と縁が切れた。
そして、嘘から解放されると、ありのままの、等身大の自分と向き合えるようになり、本当に身軽になり、自由になった。

ボクが嘘をつかなくなった理由、それは敢えて言うことを差し控えておくことにしよう。
言葉にするとそれこそ嘘っぽくもなる。

つまるところは時間の支配という事になるのだろうが、強いて言えば、嘘をつく必要が無くなったからかもしれない。
本当に大切なものが少しは分かるようになった。
信頼や感謝や絆などの意味も少しは理解できるようになってきた。

しかし、そうは言っても底は浅く、いずれにしても、賢人の説く世界からはまだまだ遥か程遠いことは確かである。

      「そぎ落とし 剝ぎ落としなお エゴ威張る」




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入社式と新入社員の決意表明

例年よりも早い桜の開花で、花も散り終えた4月2日、今年もまた新入社員を迎えての入社式を行った。
男性2名、女性1名が新しいスタッフとして会社に加わることになる。

入社式を行うようにしたのは10年ほど前からのことである。
それまでは、形式ばったことが嫌いでやらなかったのだったが、考えを改めた。

初めて出社するこの日は、新入社員たちにとっては一生に一度の記念すべき日である。
大いなる希望や期待、それに多少の不安を抱き、それなりの固い決意や特別の感慨もあるだろう。
そして、同時にボクたちには、そんな彼らの気持ちをしっかりと受け止めて、責任を持って受け入れる覚悟と意志があることを示す義務がある。
入社式を単なる形式的儀式に終わらせるか、意味ある儀式にするかはボクたちの入社式に臨む姿勢次第であることに気付いたからである。

入社式ではボクは毎年同じ話をしている。
それは、この日の新鮮な気持ちを忘れないで欲しい、ということである。

出来るだけ長く共に仕事をして行って欲しいし、成長し、大成して貰いたいと願う。
しかし、その過程で必ず迷いや不安や大小さまざまな困難の壁にぶち当たる。
それは誰もが必ず体験する通過儀礼のようなものだ。
そんな時、この初出社した時の初心を思い出し、乗り切って欲しいと願う。

オルタスジャパンの社名であるオルタスとはラテン語で、出発、始まりの意味である。
始めることは易しいが継続は困難である。
そしてその道程は気が遠くなるほどに長いのだ。
各取締役たちも、それぞれの思いや期待を新人たちに熱く語りかけた。

実は、今年入社した3名の新入社員には、入社前に、すでに大きな役割を果たして貰っていた。
今年の3月7日でわが社は設立30周年を迎え、ホテルニューオータニで「オルタスジャパン30周年感謝の集い」のパーティーを催した。

各テレビ局を初めとしてお世話になっている多くの方々をお招きし、感謝の気持ちを伝えさせて頂いた。
その際に、3名の新入社員たちにそれぞれの抱負と決意を集まっていただいたみなさんの前で披露して貰った。
少し長くなるが、その挨拶を紹介したい。

0君の決意
『私の決意は、情報と人を繋げる仲介役となれるようなプロデューサーになることです。
情報過多の現代で情報が必要な人に届いていないと感じているからです。
必要な情報を既存メディアだけでなく、SNSといった新しいツールを活用して、必要な人に届ける。
人々に社会問題について考えてもらえるような作品、心に刺さるような作品に携わりたいです。
プロデューサーになると決めた理由は、作品全体を統括し、より作品の根幹に触れられると考え決めました。
1日でもはやく貢献できるように日々精進して行く所存です。
ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します』

Iさんの決意 
『好奇心と恐れ − 4月が近づくにつれ、ドキュメンタリーを制作することの意味を考えると不安が募ります。
オルタスジャパンが設立されて30年、その歴史の中に感じたのは人への真摯な接し方でした。
会社の姿勢を聞くにつれ、カメラを人に向けることに大きな責任を持っているように感じ、その誠実さに心を打たれました。
オルタスジャパンの手掛ける番組ひとつひとつに、人々の地道な努力を感じることが多く、そのような番組に関わりたいと思いました。
現在、情報は手に入れることも、発信することも容易になっています。
その自由さと同時に、嘘や悪意との区別がつかないまま混沌さは増しています。
自分が何を伝えたいかで、人や情報を作用するのではなく、ドキュメンタリーの持つ真実をいかに加工せずに伝えられるかを真摯に考えていきたいと思っています』

M君の決意
『僕は関西出身で、根っからのテレビっ子として育ちました。
そして今までずっとバラエティ番組を作りたいと思って生きてきました。
しかし今、僕はこの場にいます。
それはこの会社とドキュメンタリーを制作することに心を惹かれたからに他ありません。
ドキュメンタリーにはバラエティでは味わえない感動や喜びがあると思っています。
ただ、ドキュメンタリーでも僕は人に笑ってほしいと思っています。
ドキュメンタリーで人を笑わせたいのです。
そのために何をすればいいか、この会社で学べたらと思っています。
全くの未熟者ですがこれからどうぞよろしくお願い致します』

昔も今も、ドキュメンタリーに興味を持ち、ドキュメンタリーを制作したいと志す人たちは少数派である。
さらに若者たちのテレビ離れが日常化し、テレビ番組の制作そのものに関心を持つ若者たちも予想以上に減少している。
そんな中で、ドキュメンタリーの制作に夢を託そうという若者たちの存在は実に貴重だし、頼もしく嬉しいことである。

すでに従事し、懸命にがんばっている多くのスタッフたちは勿論の事、新しく仲間に加わる新人たちの今後の活躍に大きな期待を寄せている。

一週間の研修を終えると、新入社員たちは各番組に配属され、いよいよ、制作の実践的な仕事に取り組む。
そこは喜びや楽しみや、そして苦しみ、悔しさなどが待ち構えている、とても魅力に満ちた世界である。

   「若者の 迷い惑いつ 春を生く」




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異文化との出会い

とても私的な話で恐縮だが、中国生まれの朝鮮族である妻は5人姉妹の次女である。

長女である姉夫婦は、かつて日本に渡って来て何年間か苦労したことがあったようだが、今では中国の天津で大きな事業を営み成功を収め、豊かな暮らしをしている。

妻のすぐ下の妹は中国国籍のまま韓国のソウルに居を構えている。
4番目は日本の国立大学を出て現在は赤坂でクラブを経営し、末っ子は、夫の仕事の関係で中国と韓国を行き来する生活をしている。
娘をアメリカのボストンカレッジに留学させている。

ボクのように日本以外の国で住んだことの無い者にとっては、自由に国境を跨いで活躍している姿を見ていると、ずいぶん精力的で逞しく勇気ある一族に映る。

赤阪でクラブをやっている義妹は家も近いので、休日には、大学生の娘を連れてしばしばボクたちのマンションに遊びに来る。
先日、末っ子の義妹が、長期滞在ビザを取得して来日し、義妹やその娘たちと共に遊びに来て賑やかに食事した。

それぞれ、中国語、韓国語、日本語、それに英語などを操るが、母国語の中国語はほとんど使われず、主に韓国語と日本語が飛び交う会話となる。
ボクも韓国語にチャレンジしているが、とても会話に追いつくことはできない。
不思議な空間だが、まったく違和感は無い。

食卓には日本食や韓国食が並ぶ。
みんなそれぞれ、思い思いの自分の好みの料理を食べている。

「面白いわね。食べ物の好みがはっきりと分かれているわね」と海ちゃんが言った。
海ちゃんは末っ子のニックネームである。
「オダさんはやっぱり日本人ね。私たちはキムチ文化ね」

ボクたちと同居している義理の娘は子供の頃に日本に来てすでに20数年経つが、やはり食のルーツは韓国食にあるようだ。
クラブを経営している京ちゃんの娘は日本人とのハーフだが、日本で生まれ育ったので、母親はキムチ派だが、本人は完璧な日本食派である。
幼い頃の食習慣がその人のその後の食事の好みの形を決めるのかもしれない。

「だから、結婚相手には食事の合う人を選んだ方が良いと言われたことがあるよ」と末っ子の海ちゃん。
「確かに、食生活は重要で、そういう要素もあるとは思うけれど、夫婦の相性は食事だけで決まるという訳でもないと思うけれどね」
とボクは軽い調子で反論した。

異文化を初めとして異質なモノとの接触や共存は、お互いにそれぞれの違いを認識し、認め合わなければならないという面倒な一面を持つことは確かだ。
しかし、それさえ出来れば、異文化との出会いは刺激的で興味深いし、面白く楽しいものだ。

「今度、お花見に行こうよ」とボクは提案した。
「お花見って何?」と海ちゃんは怪訝な顔をして聞いた。
それこそお花見などは海ちゃんにとっては異文化の典型に違いない筈だ。

「桜を観に行くのよ。満開の桜も見事だけど、桜の花が散る時もホントに素敵よ。桜がまるで吹雪のように舞うの。わたしたちは毎年お花見に必ず出かけているのよ。」
と妻は、ボクに代わって説明した。

そう言う妻だが、知り合った当初は桜などに全く興味を示さなかった。
それから約10年、今では桜の季節になると、お花見に行こうね、などと口にするようになっている。

4番目の義妹はと見ると、日本に住み始めてすでに30年近くになるが、お花見の話などには興味は無い様子で、花より団子とばかりにキムチを頬張っている。

ボクたちの会社でも設立以来、毎年欠かさずお花見を続けてきた。
会社の近くの公園にシートを敷いて弁当とお酒などを用意して夕刻から始める。
暗くなり始めると馴染みの撮影会社のスタッフの人たちがライトアップしてくれるので、宴会にも格好がつく。
毎年、およそ250人ほどの方々が参加して下さっている。
会社の大切な伝統行事のひとつだ。
今年会社設立30周年を迎えたが、お花見30周年でもある。

ボク自身もなぜ、これほどまでに、桜に魅せられるのか、その理由は分からない。
また、これまで、その理由を考えたこともない。

多くの人たちが言うように、パッと咲き、パッと散るその潔さに日本人の生き方を重ね合わせるからなのだろうか。
美しく短い命に「もののあはれ」を見るからなのだろうか。
それとも、生命を甦えさせる春を迎えた喜びを桜の花に託して多くの人びとと共に祝い合うのだろうか。

時には、花冷えでブルブル震えながらも車座になって酒を酌み交わす日本人たちの図は異国の人たちには到底理解できないことだろうと思う。
あるいは、近頃では、日本人の中にも不思議に思う人たちも少なからずいることだろうとも思う。

それにしても、梅や桃やつつじや藤など数々ある花の中で、どうして桜に特別の思いを寄せて、酒を酌み交わすのだろう。

今年は例年よりも桜の開花が早く「休眠打破」という、初めての言葉も耳にした。
桜は夏に翌春咲く花芽をつけ、いったん休眠に入る。
その花芽が冬になり一定期間寒気にさらされて休眠から覚める。
この目覚めを「休眠打破」と称するらしい。
気温上昇と共に目覚めた花芽は成長して開花に至る仕組みだ。

しかし、温暖化が進み寒気が緩み過ぎると、この「休眠打破」が無くなり、春先の気温が高くても開花が遅れる現象が起きる。
将来、日本では一斉に開花する満開が無くなるだろうとの予測だ。

地球は現在、氷河期に向かって進んでいる。
つまり、気象学的には、地球は寒冷期で次第に冷えて行く。
しかし、人間の過剰なエネルギー消費で、逆に温暖化現象が起きている。
マクロで見れば、人為的な温暖化などは、ほんの一時的現象にしか過ぎない。

核戦争で人類が滅びることは無くても、何万年だか何十万年後だか定かには忘れたが、生物学的に人類は滅びることは科学上の常識だ。
やがて、地球も燃え尽き、死の星となる。
もっと先には、ボクたちの概念にある宇宙そのものが無になるであろうことも既に類推されている。

そんな気の遠くなる未来の事は、限りある短い人生を生きているボクたちにとっては、事実上は無いに等しいどうでも良いことではある。
しかし、そういった虚しくなるような事実はボクたちの潜在意識の中にしっかりと存在している。

そんな宇宙的な視野に立てば、地球などは塵の一粒だし、人間などもその地球に生きる何百万種類だかのひとつの種にしか過ぎない訳だ。
だから、今後も含めて何十万年かの人類の生存の軌跡は、悠久の時間の中では瞬きにも似た一瞬の出来事でしかない。

普段は意識しなくとも、ボクたちは、そういった人間を含めたあらゆる存在の宿命を心の奥深くに収めて毎日をあくせくと過ごしている。
勝った負けた、得をした損をした、やれ温暖化だ、休眠打破だ、などと大騒ぎしながら、そして一喜一憂しながら日常を懸命に生きている。

宇宙的には何の意味も持たない人間の日常だが、ボクたち今を生きる者たちにとっては、それはとても価値のある日常なのである。

線香花火に人の一生の形を見るがゆえに、人びとは線香花火に思わず見入ってしまう。
同じように、ボクたちは桜の花に、人の一生だけではなく、普段は潜在意識下に密かに眠っている宇宙に存在するすべてのものの宿命を如実に見せられ、「休眠打破」ではないが、桜の咲き誇る姿や一斉に舞い散る凄絶な美しさに狂わんばかりに心を揺さぶられ、改めて宇宙の真実に覚醒するのではなかろうか。

それを苦と見るか、楽と見るか、あるいはまた空と見るかは人それぞれだ。
いずれにしても、非力な人間という存在には解決できない宿命の前に、人は皆で打ち揃って酒を飲むしかなくなるのではないか。

先日、約束通り仕事帰りに、妻や義妹たちと連れだって、夜桜見物に出かけた。
文京区にある有名な花見スポットはライトアップされていて、車座で楽しむ大勢の花見客で賑わっていた。

妻たち三姉妹は興奮した様子で全員が突然、スマホカメラマンに変身し、撮った写真をお互いに見せ合ったり、遠く故郷の姉妹や友人たちにラインで送信したり、大はしゃぎしている。
何千キロも離れ住む人たちから即刻に返信が届いては、それを見せ合いまた喜び合っている。

義妹たちが、美しい桜の群れに心を揺さぶられていることは確かなようだった。
そして彼女たちが異文化との触れ合いの入り口に立ったことだけは間違いなかった。

「連れてきて良かったね」と言うボクに妻は満足そうに頷いた。
満開の花の間からひっそりと輝きを放つ半月が見えた。

       「あと何度 同じセリフの 花見かな」

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母親ディレクターたちの職場復帰

昨年ボクたちの会社はベビーラッシュに沸いた。

現役で働いていた女性ディレクター3人が出産し、男性社員に二人目の子どもが誕生した。
もうひとり、計画出産を目指して、わが社を辞めて、仕事量を減らしながらわが社の仕事をしてくれていた女性ディレクターもつい最近出産した。

少子化が深刻な問題となっている昨今、身近で出産が続くことは目出度いことではある。
しかし、一方で、会社の立場で考えると、女性スタッフの出産によって有能な働き手をある意味失うことになるのは正直痛手でもある。

長い眼で見ると、子供が高校生くらいの年齢にまで成長すれば、親の手は離れるので、出産から15~6年の期間を過ぎれば、また元の通りに現場復帰できる訳だが、それまでの間は大なり小なりの制限勤務となるのでディレクターとして他のスタッフと同じように番組制作をすることは現実的には難しい。

特に、幼い赤子を抱えての身では、一週間とか二週間もの長い期間は勿論のこと一晩だって、取材で家を空ける訳にはいかないし、制限の中での仕事しか出来ないという意味では、他のディレクターと同じ形での働きを期待できないのが実情だ。

この4月から、0歳児を抱えるそんな母親ディレクターたち2人が産休を終えて、職場に復帰することになった。

これまで、経理やデスクなどを担当している女性スタッフたちの制限勤務については十二分過ぎるほどの体験を積んできているので、その程合いは理解できているが、制作現場での復帰はこれが初めてのこととなる。

そういえば、かつて経理やデスクなど業務部に所属する4人の女性のうち3名がやはり同じ状況にあった時、会社の中に保育園もどきの設備を作り、保母さん代わりのおばさんを雇って面倒を見て貰ってはどうかと提案したことがあったが、当の母親たちに見事に却下されたことがある。

保育園に預けっ放しにするよりも、職住接近で、いつでも好きな時に子供の顔も見られるし、授乳だってできるし、ボクは今でも、悪い考えだとは思えないのだが、母親たちにとっては安心して子供を託せる、しっかりした保育園でなければ心配らしかった。

もう少しうがった見方をするならば、それほどに、子育ては大変で、働いている間位は、子供の世話から解放されたいとの願いもあるのかもしれなかった。
ちなみに、その女性たちは全員、子供を育てながら現在も元気に職場で活躍している。

今回、復帰する母親ディレクターたちも、また、彼女たちを受け入れる会社共に、それぞれハンデを負い、仕事に当たることになる訳だが、この試みをボクは実はとても楽しみにしていることも事実だ。

彼女たちに続く若い女性スタッフも沢山いるだろうし、本当に本人たちと会社両方の関係が上手く保たれて、それが仕事的にも納得の行く形で運べれば、言う事は無い。
一見、会社にとってはリスキーにも見えるが、これをプラスにして行く方法は必ずある筈だ。

ボクは、今後もそういう母親たちを出来る限り応援するつもりでいるが、そのためにも、今回積極的に職場復帰を果たそうとしている2人の0歳児母親ディレクターたちが満足してモノを作って行ける環境と条件を整えて、復帰して良かったと本人たちも会社も喜べる結果を生み出さなければならないと、これはこれで、真剣に考えているところである。
 
  「二兎を追い 二兎を仕留める 復帰かな」


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プロフィール

馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

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