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東京アラートの意味

先日、40数年来の馴染みの飲食店にフラリ行ってみた。
東京アラートなる訳の分からぬ警告が出されている折でもあったので、果たして営業しているかどうか分からなかったのだが、幸いなことにお店には灯りが燈っていた。

入口には、いつもと変わらぬ様子で女将さんが陣取っていて、顔を合わせると「あら、いらっしゃい!お久しぶり」とこれも変わらぬ笑顔だ。
すかさず「ちょっとこれを」と、近頃では当たり前になった文明の利器を取り出しボクのおでこに向けた。

「ごめんなさいね。こんなことをしなくちゃならなくて」といかにも申し訳なさそうに言い「でも、この機械は通常よりも体温が高く出るようなんですよ」と言い訳とも、慰めともつかぬ言葉で濁した。
「36.2。ああ、大丈夫ですね」とホッと笑った。

世の中に、実際よりも高い数値の出る体温測定器など有ろう筈もなく、馴染み客への女将さんの何とも言いようのない、遠慮と気配りが可笑しかった。
コロナウイルスの奴め、色んな所に気を使わせている。

東京や北海道、福岡辺りでは、まだまだ悪さを続けているコロナ感染だが、形ばかりの東京アラートも解除された今、日本全体を見れば、素人目にはそれなりに落ち着いてきたかのように映る。
夜の赤坂の街からは酔客の歌声なども漏れ聞こえてくるなど、やっと普段の雰囲気が戻りつつあり、どこか気持も和む。

油断をしようがするまいが、第2波、3波は避けられないとの大方の予想だが、その時はその時だ。
いずれにせよウイルスとは共存するしかないというのが、現代科学の下での結論だとすれば、むやみに恐れて身をすくめていてもキリがない。

東京アラートで証明されているように、政治家たちの下す判断には科学的根拠などなく、実にいい加減なつじつま合わせであることも明らかになった。
それならば、各人それぞれが、これが自分にとっても他人様にとっても安全だと思える方法で自分の納得のいく生き方を選択し、それに沿って生きるしかないのだろう。
少なくとも、誰に頼ることなく自衛の覚悟だけは持って、平気な気持ちで毎日を過ごすしか方法はないということである。

それにつけても、コロナウイルスの脅威は世界中の人びとを恐怖と混乱に陥らせると共に、世界の国々の生々しい実態もあぶり出した。

一党独裁の中国は強権を発動し都市を徹底封鎖、ITを駆使してコロナ感染の抑え込みに成功し世界にアピール、WHOをも取り込み、覇権への道をひた走っている。
軍事増強に力を注ぎ、ますます言論統制を強化、言論の弾圧は中国本土のみならず、コロナ騒動を利用するかのように香港を制圧し、台湾、アフリカ諸国にも圧力をかけている。

その中国と敵対するアメリカは、トランプ大統領の乱暴な政治が続き国内はおろか世界をかき乱している。
オバマ大統領の時代に端を発する共和党と民主党の分断がイデオロギーの分断を激化させ、伝統主義者と進歩主義者の分断を生み「二つのアメリカ」と称された。

その分断をトランプ大統領がさらに意図的に推し進め、ますますその溝を深めている。
それは人種間の分断も顕在化させ、白人警察官による黒人男性の異常な形での殺害事件を引き起こさせている。
この事件への怒りは、根強い黒人差別はもとより、世界で最も多くのコロナ感染者と死亡者を出し、貧しい黒人層の死亡率が圧倒的に高いアメリカの現状への不満と相まって爆発し、白人層をも巻き込んでの大きな抗議デモへと発展している。

コロナ騒動を機に富める者と貧しい者との格差も露わになり、アメリカの分断にさらなる拍車をかけている。
今年の11月に大統領選挙が行われるらしいが、アメリカ国民はどういう選択をするのだろう。
トランプ政権への批判は強いが、依然として熱狂的なトランプ支持者は多いとも聞く。
仮に、大統領が交替することでそれら分断は果たして収まるのか。
アメリカはとんでもない闇の中にいるようだ。

闇と言えば、日本の政治状況も闇そのものだ。
これほど国民を愚弄し続けている政権が長期間に渡り存続し続けていることも不思議だが、政権にこれだけ馬鹿にされてそれを平気で許しているボクたち国民も完全に骨抜きになっている。
こんな状況を異常だと感じなくなってしまっているボクたち羊たちの群れの存在そのものが恐ろしくさえ思えてくる。

これまで、同じ手口で国民をごまかして来た政権だが、さすがに新型コロナにはその手は通用しなかった。
身についたごまかしだが、ごまかす度に破綻し、否応なく対応を迫られ、それが失敗して政権の無能さが露わになっている。
コロナのお陰で今更ながら分かったことがある。

ああ、そうか、今のリーダーは操り人形のロボットなのだ、ということである。
黒幕やその周囲も便利だから任期を延長させてまで意のままに利用しようとするし、ロボットだから恥じを知らないのは当然である。

そう考えるとすべての辻褄は合ってくる。
これまでの数々の隠ぺい事件や失政が明るみに出る度に、何十回となく「責任は私にあります」と同じ答弁を機械的に繰り返し、自らは責任を取らず他人に押し付けてきた鉄面皮ぶりにも合点がいく。
国会での答弁もエンドレステープのように飽きることもなく同じ繰り返しである。

緊急事態宣言をはじめ国民への語りかけに哲学とは言わずとも、ひとかけらの説得力も感情も無いのもプロンプターの棒読みの所為だけではなくてロボットだからなのかもしれない。
そして、ボクたち国民も気が付かぬ間にこっそりと牙を抜かれてしまってロボット化していてテレビから流れる意味のない演説を感情もなく、ただ聞き流している。
日本全国民が慣れっこの機械に変身してしまっている。

しかし、これはとても危ないことだ。
国民の政治への無関心が生み出した究極の政治状況は、次なる本物の怪物を迎える舞台に相応しいからである。

コロナはボクたち国民に本気で覚醒を求めている。
お前たち、このままだと痛い目に遭うぞ、と。
いま、目を覚まさないと間に合わなくなるぞ、と。

そして、戦争、貧困、格差、自然破壊等々、人間の限りない欲望にコロナは警告を発している。
即席の新しい生活様式などでは対処出来ることのない警告だ。
コロナは大きく言えば宇宙を司る摂理が思い上がった人類に派遣したメッセンジャーだとボクは信じている。

東京アラートや緊急事態宣言は対コロナ対策ではなく、実はコロナが発出させた、人類の生き方に対するアラートなのではなかろうか。
 
     「ウイルスに 着色したら 見えるかな」


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新型コロナウイルスが教えてくれたこと

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コロナ禍とどう向き合うか

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雨にも負けず、コロナにもめげず

冗談を言っている場合ではないが、世界中がコロナという目に見えない怪物に振り回され、恐れおののいている。
うっかり咳やくしゃみも出来ない状況だ。

日本の場合、患者数だけでみれば、大した数字とも思えないし、インフルエンザと比べて周囲で新型コロナに感染した人は未だに知らないので、宝くじに当たるようなものだなあ、というのが当初の実感だったのだが、そんなことを言っていられなくなってきた。

それもこれも、新型コロナウイルスの正体が解明されておらず、ワクチンが開発されていないからだが、これほど現実感に乏しい病気も珍しい。
この現実感の無さがコロナウイルスの恐ろしい罠であることに鈍感なボクも今頃やっと気付いている。 

いつの間にか忍び寄り、誰が感染しているのか分からない形で突如爆発する。
影に怯えることにもなる。
日本の場合は出来るだけ検査はしない方針だから、感染者数の実態は本当の所は分からないから尚更である。

今や世界中の国々が国境を閉鎖し、非常事態宣言をする深刻な事態となっているのは周知だ。
多方面での経済活動が停滞しており、すでに世界経済恐慌に陥っていると見るべきかもしれない。
考えてみれば、ボクの人生で経験のしたことが無い、初めての脅威であることにも気づいた。

実際、この新型コロナにボクたちの仕事も直撃されていて少なからぬ影響を受けている。
放送枠がすでに決定した取材中の番組が何本も中止になっている。
とにかく海外取材がまったく出来なくなっているばかりでなく、国内の取材も様々な制約を受けていて、まるで身動きがとれない。
何本かのオリンピック関連番組の制作も進行していたのだが、今回のオリンピックの延期決定で大きな打撃を受けているのも事実だ。

今年は例年になく順風満帆な滑り出しで、上手く行き過ぎていた。
こういう時は必ず何かが起きるピンチでもあるから、気を引き締めて行こうぜ、と会社のスタッフとも話していたのだったが、悪い予感とは的中するものである。

頭の痛いことこの上ないが、世の中とはそういうものだ、との覚悟は常にある。
あとはどのようにして凌ぐかを考えるだけである。
まさに雨にも負けず、コロナにもめげす、だ。

それにつけても思うことは、日本も含めて、世界の経済の成り立ちというのは、何とも危ういものなのだなあ、ということである。
昔と違って地球は極端に狭くなった。
国と国の境がまるで無いかのように、凄まじい数量の人と物が絶え間なく世界の国々を行き交う交流豊かな時代となった。
極端に言えば世界がひとつの経済圏になったとの観がある。

これまで手に入らなかった海外の品物も簡単に手に入るし、庶民の海外旅行も当たり前となっている。
とても便利でボクたちの欲望が簡単に満たすことができるようになった。
これぞまさに人間文明の勝利そのものである。

しかし、今ボクたちの体験している新型コロナの脅威は明らかにその負の部分である。
人の移動の多さとその規模の大きさがひとつの地域で発生したウイルスの感染を世界中にばらまく。
今回はたまたま驚異的な経済発展を遂げている勢いのある中国に端を発したために、さらに世界に広まる速度も範囲も激しいものになった。

経済のグローバル化は感染のグローバル化も同時に招いた。
そしてそれは同時に、生産性や効率や利便性を追い求める経済優先思想への自然界の警告にも見える。

それはともかく、今はコロナ対策が最優先だ。
スタッフに感染者を出さないことが最大の課題である。

同時に新しい企画を生み出すことが急務である。
テレビ局もオリンピックの延期で予定していた番組の変更を迫られている。
のんびりしている時間は無い。
これまでお世話になって来たテレビ局への恩返しの時でもあり、それがボクたちの利益となる機会である。

その意味では、コロナの禍をボクたちのエネルギーにしたいものだと考えている。

   「洗う手や 鼻の脂を ちょいとつけ」


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ゼロからのスタート

間もなく会社は設立32周年を迎える。

過去を振り返り懐かしんだり、思い出に耽るのは性には合わない。
今の積み重ねが未来に続いていくので、今をどう生きるかが大切だと思っている。
しかし、会社設立当時と今と、どんな点が違うのかを考えることは、今を考えるために意味のあることだとは思う。

31年前の今頃、赤坂の10坪ほどのマンションの一室に会社を構えたのだが、事務机ひとつしか無かった。
設立メンバーは6人。
床にゴザを敷き、連日、車座で企画会議をしていた。
仕事が決まっていての会社設立ではなかったので、当然ながら収入はない。

全員が、それまで給料を貰う側の人間で、払った経験はないので、経営のことに関する知識を持っている者はいない。
お金の価値や意味を知らない者たちの集まりだった。

やがて、大型企画がテレビ局に採択され、2時間番組一本、3億円の製作費が約束された。
バブルの時代である。
しかし、半年以上費やした末に、その企画が見事にこける。
虎の子の2000万円の資本金が瞬く間に底を突いた。

お金の工面は社長を引き受けたボクの役目だ。
何とかするしかなかったから、何とかした。

ゼロからのスタートと言えば聞こえは良いが、マイナスからのスタートだった。
しかし、恐れや不安は無かった。
無我夢中でそんなヒマは無かったと言うのが正直だったのかもしれない。
ボクも45歳と若く勢いもあった。

会社にお金が入るまでの間は給料はみんなで我慢することに決めた。
設立メンバーも平然としていた。
お互いに責任を問い合うような、つまらないことは一切起きなかった。
逃げ出そうとする者もいなかった。

やがて、ひとつ、ふたつと企画が動き出す。
そんな調子で10年が経ち、20年、30年と過ぎて今がある。

それまで、本当に数えきれない多くの人たちの力に支えられ、善意に救われて来た。
人並の苦労もして、次第に世間というものを知った。
信頼で結ばれ、苦労を共にした設立当時の仲間6人のうち3名は亡くなり、2人がそれぞれの事情で去って、ボクだけが残っている。
そのボクも間もなく喜寿を迎える。

現在と当時の何が違っているのかは至って明瞭だ。
それは会社の規模だ。
スタッフも増え、仕事量も増えた。
人手を要する大きな仕事もできるようになった。
当然ながら商いで動く金額も次第に膨らんでいる。
会社の責任も大きくなった。

しかし、ただそれだけのことである。
他のことは設立当時と基本的には何も変わっていないことに気づく。

今抱いている夢や希望は当時のままだし、日々しなければならないことも当時と変ることはない。
信頼できるスタッフたちにも恵まれている。
確かに、守らなければならない人たちの数もそれに伴う責任も増えたが、その本質は設立当時と同じである。

ゼロからスタートして、これまで無手勝流で生きてきた。
それが今に続き、その今の連続を明日に続けている。

時代は常に変化する。
バブルの時代に誕生した会社は、激変の中を生き続けてきた。
何とかその荒波を乗り越えてきた。
楽な時代は無かった。

幸いなことに、ボクたちには今日に至るまで大きな成功体験が無い。
頼るべき特別の成功例がない。
毎日がチャレンジだったので、現在もそのチャレンジを繰り返し生き続けている。
そして、その時々の時代に向き合い対応して生きる術だけは会社のDNAに刷り込まれた。
だから、ボクたちは、今更将来への新たな不安や恐れを持つ必要が無いのである。

日日これ新たなり、が鉄則であることを知っているので、時代や環境の変化への適応はさほど難しくはないことも知っている。
立ち止まったり、後ろを向いたり、怠けたり、油断すればたちまち会社は立ち行かなくなるのは当然で、それは昔も今も変わらない。

すべてが初めてのことであると考えれば良い。
一から始めるつもりで対応すれば良い。
いつも初心で、無心に歩めば良いのだ。
それだけでやってきた。
そして、それは誰にでも引き継ぐことの出来る簡単で最善の方法だと信じている。

ボク自身はそれなりの歳をとり、かつての100倍以上の楽をさせて貰っているが、会社の今は設立当初よりもさらに新鮮で生き生き存在していると誇りをもって断言できる。

     「年ごとに 脱皮つづけて 令和かな」


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馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

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