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株式会社オルタスジャパンの代表・小田昭太郎の日記です。テレビ業界を愛し、ドキュメンタリーを愛し、にんにくを偏愛する馬鹿社長のひとりごとにお付き合いください。

熱帯夜の独り言

暑い!
夏が暑いのは当たり前のことだが、それにしても暑い。

「ああ、暑い。これまでこんなに暑い夏は無かった。今年の夏は特別に暑い」
などと毎年、この季節になると同じセリフを吐いている。
「暑い!」と叫んでみても、それで涼しくなる訳でもなく、余計に暑くなるばかりなのに、なぜか暑い、暑いという言葉が自然と口を衝いて出る。

でも思い返してみると、子供の頃の方がもっと暑かった。
ボクは大阪府の堺市で生まれ育ったのだが、冷暖房機など影も形も無い時代で、うちわでパタパタ扇ぐか、扇風機がせいぜいだった。
扇風機の風の前で、「あーあー」とか「シー、シー」とか声を出して、風で声の音が切れるのを楽しんだことを思い出す。

各家庭には電気冷蔵庫などは勿論無かったから、氷だって簡単には手に入らないし、冷たい飲み物と云えば、井戸水だけだった。
スイカやトマトなども井戸水で冷やして食べていた。

子供の頃は背丈も当然低かったから、道路の照り返しも厳しかったのに違いない。
でも、家に居る時は裸になって過ごしたり、子供なりに風の通る少しは涼しい場所を見つけたりと、その対応に知恵を使うことも出来たが、何と言っても一番暑かったのは学校だった。

ボクたちの小学生の頃はひとクラス60数人ほどの、ぎゅうぎゅう詰めの教室で、一日中過ごすのだから、お互いの体温や人いきれだけでも暑苦しい。
おまけに子供の頃の体温は高い。

冬は冬で暖房など一切無かったから寒かった。
よくあんなに暑くて寒い所で何年間も無事に過ごし通せたものだと、今さらながら思う。
しかし、政府が、来年度から学校の暑さ対策を図らなければならない、と発表したところを見ると、恐らく多くの学校は現在でも冷暖房無しの同じような状態が続いているのかもしれない。

でも、ボクたちの子供時代から比べると、総じて今はまるで天国の筈である。
電車に乗っても、バスに乗っても、また建物に入れば冷房が完備されている。
至れり尽くせりだ。

そんなことを言うと、熱い陽射しを浴びて毎日取材で駆け回っているスタッフたちには申し訳ないが、それでも快適な世の中になった。
オフィスなどでは冷やし過ぎて逆に寒い、寒いなどと言っている始末だ。

冷暖房に限らず、こうしたボクたちの便利で快適な生活を確保するためのさまざまな努力、別の言葉で言うとボクたちの欲望の集積が地球的な温暖化を招き、異常気象の原因になっていることも事実である。

このほど環境省は、このままで行くと2100年の日本は熱帯になるとの予報を出した。
東京、名古屋が44度、高知は44,9度まで気温が上がるだろうとの予測である。

80年後にはボクたちは生きて無いから関係ないや、などと夢にも思うなかれ。
事態は刻一刻と熱帯に向かって歩を進めている。
毎日毎日、少しづつ温暖化は進行している。
それが証拠に、人為的な原因によって自然が変化し、ここ年々自然現象が激しく荒々しくなっていて、驚くほどの被害を出していることは周知である。

ボクたちはそれを異常気象と呼ぶが、人間の営みを今のまま続けて行けば、この異常気象が常態化して、それが当たり前になるということである。

日本を襲う台風にしても、これまでは南洋で発達した熱帯性低気圧が北上し、沖縄から九州、四国を通り本島を抜けて北上するというのが通常のコースだった。
しかし、先日の大きな被害をもたらした台風12号は日本列島の東から西に進むという異例の逆進路を辿った。

予測を遥かに上回る異常な現象が多くなってきた。
ここ最近になって、気温にしても、雨量にしても観測史上初めて、という表現をしばしば耳にするようになっている。
日本列島熱帯化の道は、予想よりもその歩みを速めているのではないかとの見方も一部にはあるようだ。

そう云えば、大学時代の仲間たち数人と暑気払いを兼ねて、浅草のどじょう鍋でも食べて元気をつけようかとお店の予約もしていたのだが、ひとりが肺炎になって入院し、二人が熱中症で倒れるなどの思わぬ事態となり、お流れとなった。
年寄たちにとっても、暑さを象徴とするこの一連の異常気象は実際に堪えているようだ。

遠い将来ではなくて、異常な事態はボクたちの身近にヒタヒタと音を立てて迫ってきている。
そして、その深刻さはすでに現実の問題としてボクたちに突き付けられている。
このことは、人類ひとりの問題では無く、実は地球に生きるすべての動物や植物全体の生態系にも係る大問題でもある。

敢えて極端で象徴的な表現をすれば、暑さを凌ぐために冷房機を生み出したツケが、地球規模の温暖化を招き、より暑い夏に苦しんでいる、というのが現在の人間の皮肉な姿である。

自然のままと快適さや便利さのどちらが善でどちらが悪であるのかはボクには分からない。
人は相矛盾する二つの幸せを同時に手にすることは出来ないのは自明の理だが、それを同時に求めるのが人間の性であり業でもある。

ほどほどの中庸の精神を持つことは難しい。
自然を愛する一方で、どこまでもボクたちは快適さや便利さを追い求められずにはいられない。
その意味では、例えそれが破滅に向かう道であろうと、行き着くところまで行かないと、何も終わらないし、新しく何も始まらないのだとは思う。

仮に理屈はそうであるにしても、本当は今、これまでの人間の生き方を見直す最後の時が来ていると感じる。
地球は人間だけのものでは無く、多くの生き物や植物のものでもある。
ボクたち人間には、自分たちのエゴで他の生物を犠牲にする権利は無い筈である。

共存共栄の思想の実践が今ほど求められている時代はないかもしれない。
そしてそれは、生態系の頂点に君臨する人類に課せられた使命である筈だ。

冷房の効いた快適な部屋で冷蔵庫から取り出した良く冷えたビールを飲みながら、ボクはぶつぶつと、こんな愚にもつかない独り言を呟いているのである。
  
     「暑過ぎる! ほざいていろや 馬鹿社長」




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親の死についての名言

ボクは間もなく晴れて後期高齢者の仲間入りをすることになるのだが、自分では高齢者との自覚をまだそれほど持つことは出来ないでいる。

そうだからと言って、自分が若いつもりでいる訳では決してない。
あちこちにガタが来ている証拠に、高血圧や糖尿病の薬も飲んでいるし、独学中の韓国語の方も少しも上達する気配はない。
ひとつ言葉を覚えると、ひとつ忘れるといった具合で、脳が休みたがっていることが分かる。

年相応人並みに老いているのだが、だからと言って、ここに来て急に具合が悪くなったとか、特別に疲れるとかの自覚症状も無く、有難いことに、これまでの日常生活の延長線上で毎日を過ごしている、といった感じである。

一晩や二晩の徹夜麻雀くらいならば平気で打てる。
だから、高齢者と言うほどには年寄ではないが、お世辞にも若いとは言えない年寄で、いかにも中途半端な年齢なのだろう。

しかし、程なく、誉ある後期高齢者の指定を迎えるに当たっては、その名に恥じぬそれなりの高齢者でありたい、などと誠につまらないことを思っている所である。

中国の天津に在住していた妻の父親がつい先日84歳の天寿を全うした。
ボクが義父に最後に会ってから8~9年経つが、当時、天津のカラオケバーに義父を先頭に妻の姉妹たち一族郎党十数人で繰り出し、大いに楽しんだことを思い出す。
その頃は、義父も歌ったり踊ったりと、とても元気だった。

あれから、少ししか時間が経っていないのに、義父はすでに帰らぬ人となってしまった。
当時の義父はちょうど現在のボクと同年齢位だったのだなと思うにつけても、改めて時間が支配する冷酷なまでの無常と暗澹たる無情を知る。

義父の面倒を看てくれていた義姉夫婦からの連絡を受けて妻たち姉妹が、日本それに韓国からそれぞれ駆けつけた、まさにその日の夜に義父は安らかに息を引き取った。
奇跡的に父親の臨終に立ち会えた妻たち5人の姉妹は「父は娘たち全員が揃うのを待っていてくれたのに違いない」と語り合い父に感謝し、自分たちを慰め合った。

ボクは仕事の都合で会社を空ける訳にいかず、葬儀に参列することは出来なかったのだが、朝鮮族の慣例に倣い2日間徹夜で葬儀が行われたらしい。

中国の現在の宗教事情については良く知らないが、文化大革命で宗教が弾圧されたこともあり、無宗教の人びとも多いと聞く。
妻に信仰する宗教は?と聞いても無いと答える。

葬儀も漢民族のやり方と朝鮮族のやり方では違いがあるらしく、義父の葬儀は朝鮮族の作法に則って行われたらしい。
それが仏教方式なのか、どういう形かは誰も知らないらしい。
漢民族の葬儀屋が用意した祭壇で、葬儀のしきたりを知る朝鮮族の人から教えられる通りの作法で故人と別れの儀式を行ったと聞いた。
2日間に渡る葬儀中には、お線香をひと時も絶やさなかったと言うから、仏教だったのかとも勝手に想像したが、お坊さんは居なかったようだ。

それはともかく、5人の娘たちを含めて親族たちは、覚悟は出来ていたとは云え、故人の死を悲しみ、あの時はああすれば良かった、こうすれば良かった、もっと親孝行をすれば良かった、とお互いに語り合い、涙を流して死者を悼んだ。

ボクたち日本人は総じて喜怒哀楽の感情を内に秘める文化があるが、妻たち姉妹は、日頃から、悲しみ、泣き、笑い、怒るなど実に感情表現が豊かである。
身体全体を使って感情を表すことが出来る人たちだ。

ずいぶん多くの弔問客が来てくれたらしいが、その中にキリスト教徒たちがいて、悲しんでいる妻たち姉妹に「お父さんは天国に召されたのですから、悲しむことではありませんよ」と慰め、励ましてくれたという。
葬儀場の重苦しい雰囲気の中で、その人たちだけがなぜかニコニコしているので不思議で複雑な気持ちになった、と妻はボクに語った。

信仰や宗教とは実に不可思議なものである。
異教徒、あるいは無宗教の人間にとっては、その善意ある慰めの言葉は奇異にしか受け止めることが出来ない。
その教典の意義や意味はともかく、宗教という形をとった時に普遍性を失うのかもしれない。

もっと親孝行をしておけば良かったと悔やんでいる姉妹たちに、同じ朝鮮族の知り合いが
「あなたたちは、それぞれ7歳までに親孝行をすでに果たしているのだから、何も悔やむことはないよ」
と慰めてくれてずいぶん心が和らいだと妻は言った。

ほとんど多くの親たちはわが子の誕生を喜び、目に入れても痛くないというほどに可愛いものである。
親にとっては至福の時間である。
そのような状態は子供が7歳頃まで続く。
義父は子宝に恵まれ5人もの娘たちから、そんな幸せを与えられた。
娘たちは、その時期にすでに十分な親孝行を果たしているというのだ。

なるほど、世の中に知恵者というのは居るものだ。
「7歳までに親孝行を済ませているから悔やむことはない」とは、けだし名言である。

観念や理屈では人の心を動かすことは難しい。
しかし、事実に基づく何気ない知恵ある慰めの言葉には、人がその心を動かす力が秘められているようだ。

   「見送るも また逝く人も あわれなり」


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嫁さん元気が一番だ

知り合いのMさんが訪ねて来られて久しぶりに食事を共にした。

ボクの知り合いの中でMさんほど元気で何事にも前向きで積極的な人を知らない。
Mさんは今年65歳になるが、恐ろしいほどに純粋で真っ直ぐな、まるで健康的な若者のような人である。

彼は大手新聞社から、系列グループのテレビ局に出向し、20年ほど前に、ボクたちはそこで知り合った。
その後、関連企業の要職に就くなどした後、本社に戻り、今年、任期満了を迎えた。

世の中の新しい動きには、とにかく敏感で、常に貪欲に新情報を得る努力をしているように見えた。
こういう事ができるのではないか、ああいう事もできるのではないか、といつも可能性を追い求めてもいた。

ボクとは1年に何度か食事をする程度の間柄ではあったが、お互いに気を許して、いつも本音で話すことが出来たので、仕事関係というよりも友人関係だと思っての付き合いだった。

そんな訳で、Mさんの苦労した時代も少しは知っていて、慰めたり励ましたりしたこともあった。
今年の春、いよいよサラリーマンの生活にも別れを告げることになりそうだ、との話をMさんから聞いた時から、あれほど意欲的な人から仕事が無くなるとどうなるのだろう、と心配していた。

実は、何年か前から、Mさんはシナリオ作家を志して、本格的に勉強をしていた。
そして、すでに何本かのシナリオも実際に仕上げて、コンクールでの入賞を目指したいと考えているのだとも聞いていた。

単なる趣味ではなく、本気でプロの作家を目指すあたりは、いかにもMさんらしくて好感を持てたが、60歳を過ぎてからの新人デビューは現実的にはなかなかに難しいチャレンジであるに違いなかった。

「いやあ、お久しぶりです」という底抜けに明るい声と元気な笑顔はいつもとちっとも変らないMさんだった。
「2日前にやっと会社を立ち上げましが、書類が結構大変でね、株式会社にしましたよ、やっぱり会社は株式会社でないとダメですからね」と矢継ぎ早だ。

彼は脚本家を目指す傍ら、これまでの広い人脈を生かして、クライアントや代理店などとボクたちのような制作会社をコーディネートする営業活動のための拠点として会社を設立した、と語った。
ボクの方もそういうこともあろうかと、妻と、日頃信頼している企画営業担当の取締役を同伴していた。
早速、具体的な企画等々の話になり、いくつかの計画を提案する運びとなった。
またひとつ楽しみが増えた。

「ところで奥様はお元気ですか?」と妻はMさんに声を掛けた。
「ええ、元気にしてますよ」と彼は満面の笑みを浮かべた。

Mさんはまだ新婚さんなのである。
3年ほど前、彼が62歳の時に再婚し、ボクたち夫婦も披露宴のパーティーに招待を受け出席させて頂いた。

「その後も週末婚を続けていらっしゃるのですか」と妻。
「ええ、快適ですよ」とどこまでも明るい。

Mさん夫妻はそれぞれの住まいとは別に、都心にマンションの一室を借りて、週末だけそこで一緒に過ごす生活を続けているようだ。
「妻は現在、通販雑誌の編集長を務めていますが、将来は私の会社を手伝って貰おうと思っています。妻が元気なのは有難いことですよ」
前の奥さんは重い病を患い永い闘病生活の末に死別されたが、今も年に2度の墓参りを欠かさないとMさんは言う。

ところで、妻から「人生って何?」と聞かれれば「楽しむこと」と答え、「愛って何?」との問いには、迷いなく「一緒にいること」とボクは答えて来たが、Mさんのような愛の形もあるのだろう。

いずれにしても、愛する人からの優しさや思い遣りが、愛する者を勇気づけ、無限の生きるエネルギーを与えてくれることは間違いのないことだ。
そのためにも、大切な嫁さんが元気でいてくれることが一番なのである。
いやいや、そうではない。
本当は、嫁さんが元気でいられるように愛することが一番なのだ。

   「あら不思議 すべてが表 そして裏」


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人生を楽しく過ごすことはできるのか

与太話にもう少しばかりお付き合いのほどを。

明日は明日の風が吹く
明日のことは風まかせ
明日のことなど分からない
と思ってボクたちは生きている。

しかし、本当にそうなのだろうか、と最近になって思うようになった。

実は、すべての事象はすでに決められたシナリオ通りに動いているのではないだろうか、ボクたちの日常に起きている事件も事故も人々の生活のひとコマに至るまでのすべてが、あらかじめ事前に決まっているのではないのだろうか、別の言い方をすれば、必然の結果として未来が展開しているのではないか、との感を深めている。

予知能力の無いボクたちは、今現在より先の未来の形が分からないままに自分たちの役割を懸命に演じているだけではないのだろうか。
これは単なるボクの直感に過ぎず、現在の時点では、科学的根拠に基づくものでは全くない。

しかし現実を良く見れば、偶然だと思っていることも、未来のことも本当は予定のシナリオ通りのことではないのか、そう考える方がいろいろと辻褄が合う、とボクには思えるのである。

もっとも分かり易いのが自然の現象だ。
例えば、一定地域の梅や桜や桃などを初めとして、すべての植物は一定の時期に開花するし、実をつける。
気象を含めた自然のサイクルに従って予定通りの動きをする。

地震などの例も同じである。
いつ、どこで、どれほどのエネルギー規模で地震が起きるのかは、自然の中ではすでに決まったスケジュールで生じることは疑いようのない事実だ。

それを、まだ人間の力では予知できないだけの話である。
だから、ボクたちにとってみれば、突然起きたように思い、「想定外」ということになる。
雨や風やすべての自然現象は、決して突然や気まぐれではなくて、予定通りに動いている。

昔は外れることが当たり前だった天気予報が、科学技術の進歩で気象情報とその名称を変えて、広域でより確度の高い予報に変身し、その予報の期間も長期間、可能になっている。
このことは取りも直さず、気象の未来がすでに決まっていることの証である。

かつて、水不足で飢饉に瀕した際の雨乞いの儀式で、奇跡的に雨を降らせることが出来た逸話などが残っている。
雨を呼びよせた人物は、当時は霊能者として崇められたに違いないが、それも今は昔の物語だ。

宇宙の自然現象は勿論のこと、自然の摂理の下に生きる人間を初めとするすべての生き物の全行動が運命として定められているのではないか、などと言うと、馬鹿社長もいよいよ毒が頭に回り、狂い始めたか、と思われる方も多いかと想像する。
その通りで、これは単なるボクの直感に過ぎない。

しかし、先にも述べたように、100万年~200万年後には人類は滅亡し、10億年後には、地球の生物の歴史が終わり、さらに遠い将来には、地球は巨大化した太陽に飲み込まれ、最終的には全宇宙が消滅するであろうことは、まぎれもない現在の科学の予測である。

これは、かつてNHKスペシャルで知った事実だが、当時は正直言って衝撃を受けた。
推論とは云え、これら一連の予言は、NHKの番組で放送される位だから、今では一般的にも信じられているが、20世紀初頭までは、科学者の間では「宇宙は不変で定常的」と考えられていた。

だから、わずか100年前でも、地球や宇宙が消滅するだろう、などと言えば、何を血迷ったことを言っているのか、との批判を受けた筈である。

今後、DNAの研究がさらに進み、そこに刻まれた設計図を読み解く分析能力が高まれば、人間を含めてDNAを有するすべての生物の一生の行動の解析が可能になるのではないかと信じている訳だ。

ボクは自分のその直感を勝手に信じているので、宇宙時間的には一瞬のまばたきにも満たないボクたちの一生を思う時、定められた運命ならば、それがどんな運命であろうと、とにかく懸命に生き、その結果が吉であろうと凶と出ようと、運命として受け止めよう、そして、どうせそれが定めならば、悲しいことも苦しいことも、また辛いことも、全部ひっくるめて楽しんでしまえ、その方が、しんどいことが圧倒的に多く大きいことが当たり前の人生を、少しでも幸せ大きい一生に出来るのではないか、と思っている。

恐らく、広い宇宙の何処を探しても、神が見つかる訳もなく、天国が存在する筈もない。
神や天国は人間が便宜のために創造した概念に過ぎない。

そしてその概念を持つことができるのはそれぞれ自分自身でしかない。
神や天国がその存在を信じる人の気持ちの中にしか存在し得ないのと同様に、幸せや楽しみなども自分自身以外から探し出すことはできない。
そうだとすれば、自らが楽しいという概念を自分の中に創り出すしか楽しく生きることは出来ないのだろう。

そして、この楽しいとの感覚は、あくまでも自分自身が創り出すものだとは云え、自分のすぐ傍に不幸で悲しむ者がいれば持ち得ないことも事実だ。
隣の人も、またその隣の人も楽しめてこそ、初めて自分も楽しめる。

自分が楽しむために、自分以外の人たちも楽しめるようにして行こう、との意思の連鎖を実現出来れば、世の中は現在よりも、もう少しばかりは暮らしやすくなるのではないかと思ってこれまで生きて来た。

ボクはいま経営している会社というひとつの社会でそれが実現できないか、との試みをこれまでずっと続けてきたが、それがどれほど難しいことかを知ってはいる。

ボクたちを取り巻く環境は古来より、優勝劣敗、弱肉強食の原則が支配して来た。
力の強い者が勝ち残り、劣っている者が負ける。
生存競争で強者が栄え弱者や不適応者が滅びるのが現実の姿である。

しかし、少し考えてみれば、強者であれ弱者であれ、それぞれの持つDNAに刻み込まれた設計図の意に沿って動いている操り人形にしか過ぎない、との見方も出来る。

そしてそのDNAは何万年、何十万年前の祖先のDNAを連綿として担っている。
ボクたちの中にすでに絶滅したネアンデルタール人の遺伝子が3%ほど引き継いでいることも明らかになっていることからも、それは証明出来ている。

その意味では、人間ばかりではなく、すべての生き物は世紀を越えて、気の遠くなるほどの長い時間の祖先代々の歴史や記憶を抱える貴重な存在なのである。

つまり、強者も弱者も、また優れた者も劣る者も、それは現在のひとつの形に過ぎず、本人の責任でもなければ手柄でもないし、悲しむことでも威張って誇ることでもない訳である。

だとすれば、運よく強い立場にいる者が、運悪く弱い立場にいる者に手を差し伸べて助けることは自然な行為だと思える。
もし、人間らしさやヒューマニズムがあるとすれば、お互いの足りない部分や弱い部分を補い合って生きることが出来る筈である。

ボクはそのキーワードが「楽しく生きる」ことであると信じている。
「みんなが楽しく生きる」である。

ボクたちの会社で働いている、それぞれスタッフひとりひとりの個性が異なり、価値観や人生観、世界観も異なり、それが、それぞれのDNAに刻まれた設計図に描かれた形であり、変更不可能な存在であることを自覚している。

そして、ボクのこの「みんなで楽しく生きる」試みは実現することが出来る筈だとまだ信じているのだ。
ボクに残された時間はそれほど多くはないが、この試みはこれからも続けて行くつもりでいる。
   
      「楽しめば そこが極楽 都なり」 


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人生を人工知能に託すことになるのか

出来心の与太話はつづく。

98歳になるボクの母は、数年前に一度心筋梗塞で倒れたが、その後、持ち直してそれなりに元気に過ごしている。
弟夫婦が面倒をみてくれているが、弟の嫁は「今の時代はなかなか簡単には死なせてくれまへんなあ」と半ば本音で、しかし笑いながら、かいがいしく母の世話をしてくれている。

この母の母、つまりボクの祖母は、俗にいう生き神さまだった。
長男を頭に、男3人、女3人を生み育てた。
ある日、突然神さまが祖母の身体に降りてきて、太平洋戦争が終わる頃までの十数年間、祖母は生き神さまとして生きた。

生駒山系の小さな村で祖母はさまざまな奇跡を行った。
村人たちの病気を治し、予言を得意とした。
いつの間にか信者たちが集まり、今で言う新興宗教の教祖のような存在となった。

日本がアメリカに戦争を仕掛けた時、「帝都東京は火の海となり、アメリカの神が日本に宿ることになるだろう」との予言をして、当時の特高警察に踏み込まれたとの話も幼い頃に耳にした。

戦争が終り、ある日、突然神さまが祖母から離れて、祖母は普通の人に戻ったと自ら宣言した。
祖母が普通の人に戻ってからも、多くの信者たちが祖母に神さまであることを求めたが、祖母の意志に従って、お社も自然に朽ち果てるままにまかせた。
子供の頃、母に連れられてボクも古びたお社を見た記憶がある。

母は祖母のそんな素質を引き継いだ様子はないが、母の妹である叔母は夢見判断が出来て、人の死期を予言できた。
叔母はそれが嫌で辛い、辛いとよく話していたが、自分の意思とは関係なく、夢を通して、人の死期が告げられるらしかった。

そんな環境で育ったから、と言う訳でもないが、ボクは予言の存在を信じている。
人であれ、動物であれ、植物であれ、多少の幅はあるにしても、遺伝子に描かれた設計図に沿って動いているとすれば、それぞれの一生の定めを読み解く能力さえあれば、予言は容易なことである。
逆に、しばしば信じられないような予言が的中することは、それなりの定めがあることの証だ、と云えないこともない。

神や宗教は信じる気にはならないが、万物の例外の無い法則は信じていて、世の多くの不可思議については、その理屈がまだ解明されていないに過ぎないと思っている。

人はその脳が持つ能力のわずか10%しか活用していないと言われている。
今後、人工知能があとの90%の能力を活用できる力を持ち得るのかどうかは知らないが、そうなれば、現在よりも遥かに確かな予言がなされるであろうと信じている。

一般的には怪しげだと思われている予言が科学に基づいた確度の高い予測へと変貌することになる。
やがて人はその一生の運命を人工知能に託す日が来ることは間違いないのだろう。

そう云えば、ナノマシーンが話題になって久しい。
ご存じの通り、ナノは長さを表す単位で1ナノは10億分の1ミリとなる。
これはウイルスと同じ大きさで肉眼で見える世界ではない。

この単位を使うくらいに小さな機械を作り、医療に役立てようとの研究が驚異的なスピードで進んでいるようだ。
これに様々な機能を持たせて、人体に注入し、ガン細胞などを退治させようというものだ。

ウイルスに匹敵するような超微小な機械をどのようにして作ることが出来るのか全く理解できないが、現実に進んでいるようである。
しかも、その機械には自己増殖機能を持たせられるというのだから驚きだ。

こんな凄いことが10%の脳の働きの範囲で可能なのだから、脳の機能の20%、30%と活用できるようになったらどういう世界が現出するのだろう。
人工知能自らが独自で思考出来る機能を備え、プログラマーの設定以上の力を発揮するようになるのは必定だ。

アメリカ映画、スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』が公開されたのが1968年、人工知能ハルと人間との戦いを描いてからすでに50年が経つ。
人間の想像力、あるいは予言と言っても良いのかもしれないが、特に科学の世界はそれを実現させている。

それが人間にとって良い結果を生むのか否かは分からない。
むしろ深刻な事態を招く原因となる恐れの方が大きいのではないかとの危惧もある。 

こんな取りとめもない与太話をしていて頭を過ぎるのは、去年亡くなられた脚本家・早坂暁さんからの宿題だ。
夏目漱石の小説「門」に登場する禅宗の公案「父母未生以前本来の面目を問う」をドキュメンタリーで描こうというのがそれである。

この公案の意味は「ボクたちの両親が生まれる前のボクたちは一体何者だったのか」ということだと理解している。
ボクたち人間は、何者で、どこから来て、どこへ行こうとしているのか、というのがテーマで、画家のゴーギャンが、すでに絵画で表現している。

この公案に対して、その答えは、遺伝子に組み込まれた設計図、だとするのは安易に過ぎるだろうか。

今から140億年ほど前にビッグバンが起き、宇宙が誕生したと考えられている。
その後宇宙は拡大を続け、今から46億年ほど前に太陽系が形成され始め、約45億4000万年前に地球が誕生したといわれている。

その地球に人間の祖先が誕生したのが700万年ほど前で、およそ180万年前、外見はほとんどヒトと変わらない人類が登場し、進化を続けて現在に至っている。
そして100万年~200万年後には生物学上、人類は滅亡すると考えられている。

ちなみに10億年後には、地球上の水分は全て宇宙空間に飛散して、地球の生物の歴史が終わると考えられているようだ。
そして、さらに遠い将来には、地球では巨大噴火や隕石の衝突が起こり、やがて巨大化した太陽に飲み込まれてしまう運命のようだ。
さらに、宇宙の終わりは170億年後とも、1,000億年後とも、100兆年は起こらないとも言われているらしい。

これらの予測は勿論、科学の研究に基づく推測である。
つまり、それらの情報は現在の科学による過去の分析と未来への予言である。
これら一連の推測を眺めていると、形あるモノ、あるいは生命には定められた宿命の存在することを実感する。

ボクたちの存在も含めて、その時々の宇宙や地球や生物のすべての姿は、ある意味、ビッグバンが起きた時にすでに決められていたと考えるのが、とても自然に思える。
それが予定された運命というもので、恐らく変更不可能な決定なのだろう。

そう考えると、宇宙的時間からすれば、ほんの一瞬にしか過ぎない、すでに定められたボクたちの人生を、その運命に従って過ごすことは簡単そうに思えるのだが、実はそうでないところが面白い。

「楽しく過ごす」について書くつもりが、またまた脱線してしまった。

      「本題に 入る手前で あの世行き」


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馬鹿社長

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【小田昭太郎】
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