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株式会社オルタスジャパンの代表・小田昭太郎の日記です。テレビ業界を愛し、ドキュメンタリーを愛し、にんにくを偏愛する馬鹿社長のひとりごとにお付き合いください。

ただ今、新入社員採用面接中

いま、来年4月からの新入社員採用の面接に追われている。

昨年は5人の新卒者を採用し、この春から全員が元気に活躍してくれている。
今年も出来れば昨年と同じくらいの人数を採用したいと考えている。

昨今は、若い人たちがテレビに興味を失い、テレビ受像機そのものを持たない若者が増え、テレビ局は勿論のこと、テレビ番組制作会社への就職希望者数も一時に比べればずいぶんその数は減っている。
中でも、ボクたちのようなドキュメンタリーを中心に制作している会社への応募者は限られていて、バラエティーや情報系の番組制作会社へほどの人気はない。

しかし、そんな時代でも、ドキュメンタリーを志す将来有望な若者たちは絶えることはなく、それなりの人数の学生たちがわが社の門を叩いてくれる。
そして、そのほとんど全員が、テレビ番組制作会社に絞って就職活動している。
テレビ離れのこの時代に有難いことである。

今さら言うまでも無いことだが、ボクたちのような制作会社にも100人単位での応募があった頃は、応募者の採用に関して会社が優位に選択できたが、求人難のこの時代では、就職希望者が会社を選ぶ時代にもなった。

その意味では求人側と応募側は五分五分の立場になったと言える。
会社も応募者もお互いに選び合う訳である。
採用する側のボクたちも改めて襟を正し直さなければならない訳で、ある意味健全なことであるとも言える。
これまで以上の緊張感もあり、大変とは云え、それはそれで面白い関係にある。

ところで、就職志望者から「番組を制作する上で大切なことは何ですか」との質問を受けることが多い。
大切なことは山ほどあるが、好奇心と継続力だとボクは思っている。

敢えて言えば、特に継続する力が最も必要だろうと思う。
他のどんな仕事にも共通する要件だろうが、ボクたちの業界で言えば、ディレクターらしくなるには10年は必要だ。
一人前になるには少なくとも20年掛かる。
そして、20年続けることが出来れば、たいていの人は一人前のディレクターに仕上がる、と断言できる。
とにかく、ひとつの道を継続することが何事においても一番大切なことだとボクは信じている。

そして、案外、この継続力は難しい業である。
その道が好きでないと続けることが出来ないからである。
そして、好きとか、嫌いとかは、努力だけではどうしようも御せない性質の分野だ。
いくら理屈を並べられても、説得されても、好きや嫌いは自由に操作できない。
だから、ボクは「この仕事は好きでないと出来ませんよ」といつも言っている。

しかし、考えてみると、世の中の色々な職業に就いている人たちの中に、本当に好きでその仕事をしている者は何パーセント存在するだろう。
意外と少ないのではないかとも思う。
もしかすると、好きな仕事ができている人は幸せ者かもしれない。

1日の三分の一は眠って過ごす。
通勤時間を入れると少なくとも12時間にはなるから1日の半分は働いている。
残りの4~5時間で食事をしたり飲んだり、顔を洗ったり風呂に入ったりの余暇に使う。

休日はともかくとして、1日の半分を仕事に費やす、その時間量は膨大で、その時間を如何に楽しく、面白く、意義ある形で過ごすことが出来るかは、人生をどのように過ごすかに匹敵する量的、質的価値がある。
だから、好きな仕事を選ぶことが、人生にとって最も適切な選択だと思っている。

生き方は人それぞれだし、人生観も百様だ。
各人の生まれや育ちや境遇も様々だから、人生の価値観も多様である。
それを承知で、ボク自身は仕事に生きがいを見つける生き方が、もっとも自然で理にかなっていると信じている。

そんな訳で、採用については、その才はともかく、将来的に番組作りが好きで、一生情熱を持ち続けることの出来る、継続力のある人材を求めている。
 
      「子曰く 好きこそものの 上手なれ」




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写真家・大石芳野さんのジャーナリズム

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不夜城からの転身

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新入社員への期待

今年も4月1日から男子2名、女子3名の総勢5名の新入社員たちがボクたちの会社の新しい仲間として加わった。
例年通りに入社式を行い、10日間ほどの研修期間を設けた。
入社式は単なる儀式に過ぎないとの見方もあるが、ボクは意味のある大切な儀式だと考えて毎年これに臨んでいる。

最近では新入社員については、入社後半日で辞めた者がいるとか、研修に耐えられず辞めた、などのニュースを初めとして、働く若者たちの理解し難い行動の数々が何かと世間の話題になっているが、それはそれとして、入社式は、わが社の扉を叩いてくれた若者たちに真剣に向き合うための貴重な儀式だ。

まず、数ある会社の中からボクたちの会社を選択してくれたことへの謝意を伝え、そして同時に、彼らを受け入れる側のボクたちの、彼ら若者たちへの責任を改めて自覚する場でもある。

各人それぞれの個性や適性、能力を見極めて、それをどう伸ばしていくのか、そして一人前の制作者にどのように育てていくのか導いて行くのがボクたちの役目だ。
それが、制作者を目指す本人はもとより、会社のためになる。
お互いにとって良い関係が保てなければ、物事は続かず、その関係は必ず破綻する。
その努力をして駄目ならば、つまりは、それまでの縁である。

ボクたちの社名であるオルタスとは、ラテン語で、「始まり」という意味である。
そしてもうひとつ併せて「東方の」という意味も持つ。
30年前に社名を決めるに当たって、ラテン語の辞書を買い求め、頭から最後まで調べてオルタスの語を発見し選んだ。

特に「東方の」というのがボクは気に入った。
世界から見れば、ユーラシア大陸の東端、まさに極東にへばりつくようにして存在する日本列島、この小さな島国から世界に情報を発信する情報基地を作ろう、それをオルタスの使命としよう。
オルタスジャパン。
身の程知らずにも、そんな大それた志でつけた社名である。
そして、その大志は今も変わることなくボクにはある。

とにかく、世界中の人たちをビックリさせ、驚かせるような番組を作りたい。
驚きを、感動、怒り、悲しみ、幸せに置き換えても良い。
人の心をその芯から揺さぶることのできる番組を発信したいと願っている。
それがボクの番組作りに対する基本姿勢である。

会社を立ち上げて以来初めて、新入社員の研修枠に時間を貰い、ひと言だけしゃべらせてもらった。
特に若者たちに伝えておきたいことがあったからである。
それはひと言で表現すれば「チマチマするな」という事である。

ネットの出現でテレビ産業は大きく揺さぶられ、映像産業は多様化し、多角化した。
これまで築いてきたテレビ王国はその全盛期を過ぎ、低迷と模索の時代となっている。
東京のキー局も生き残りを賭けての死闘の時代を生きていると言っても過言ではない。
そんな中にあって、そこで放送されるソフトの制作現場も過当競争の時代となっている。

制作費単価が抑え込まれ、良質の番組を作ることがとても困難な状況にある。
番組制作で利益を上げることが難しい時代ともなっている。
良質の番組を目指す一方で、経費の削減が叫ばれる。
質は量を規定し、量もまた質を規定する。
これは不変の法則だが、現在の制作現場ではそのバランスを保つことが難しくなり喘いでいる。

しかし、そんなことは今に始まったことでもなく、ボクたちはこれまで何度かの洗礼を受けているから、そういう困難な状況を乗り切る自信はある。
ただ心配なのは、企画の発想がチマチマと痩せ細って行くのではないかとの恐れである。
企画の衰退はテレビ界全体の衰退に直結する。

番組企画の発想段階で、制作費を前提で考えるから、出て来る企画は制作費に見合った規模の企画となる。
安い制作費の番組が多いと、企画も自然とチマチマしてくる。
それが続くと、次第にのびのびした大きな発想が出来なくなってくる。
発想がしぼんでいくことが恐ろしい。
どうせ実現は出来ないだろう、と発想を止めてしまうことが恐い。

「こんな企画は金が掛かり過ぎるからダメだ」とプロデューサーから突き返されるようなデッカイ企画を考えて欲しい、とボクは新入社員たちに頼んだ。
そして、突き返されたらボクの所に持って来てほしい、と。

そしてもうひとつ、新入社員たちに頼んだことがある。

ドキュメンタリーがこれまでテレビの主役だったことはない。
現在はバラエティーがテレビの主役だが、時代によって歌番組だったり、時代劇、あるいはトレンディードラマだったり、プロレスや野球、サッカーなどのスポーツだったり、ワイドショーであったりと時代によって主役は入れ替わって来た。
しかし、ドキュメンタリーは主役になったことはない。

だからと言って、それを実現したいとは思わない。
ただ、ドキュメンタリーならばオルタスジャパンだ、という存在になって欲しいと心から願う。
それがボクの夢である。
その夢を君たちの手で実現して欲しい、と頼んだ。

新入社員たちは、そろそろ、研修を終え、それぞれの制作現場に就き、実践に当たる。
これから色んな困難や辛いことなどを体験することになるだろうし、必ず大小様々な壁にぶち当たることになるだろう。
そこで嫌になったり、仕事を止めたくなることもあるだろう。
また、「そこよりも、もっと給料の良い仕事があるよ」などの悪魔の囁きが聞こえて来ることもあるに違いない。

そんな時に、入社式に臨んだ時の、不安と期待の入り混じった、そして、やる気に満ちていたフレッシュな自分を思い出して欲しいと願う。
一度、初心に立ち返って欲しいと思う。

ボクは自分が困難に直面した時に唱える呪文がある。
それは「オルタス」というラテン語だ。
全ての「始まり」がそこにある。

       「ネタよりも 企画求むの テレビかな」


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テレビ局でアルバイトをした女子大生の話

この4月で大学3年生になる知り合いの女子大生と食事をした時の話である。

彼女はテレビ局の仕事に興味を抱き、つい最近、あるテレビ局のデイリーのワイド生番組の短期アルバイトに応募した。
面接にあたった制作担当者は彼女を見て「この娘は走れそうだな」と面接に同席した同僚に話しかけた後、彼女に向かい「君、走れる?」と聞いた。
「はい、走れます!」と元気よく答えると「それじゃ、走ってもらおうか」と彼女のアルバイト採用が決まった。
それから4日間、朝8時から午後2時過ぎまでの6時間余、彼女は走り続けることになる。

情報系のワイド生番組は、放送直前のギリギリまで取材テープの編集や録音作業を行うといった、滑り込みの作業の連続である。
取材し終えた未編集の素材テープをテレビ局とは別の離れた建物にある編集室や録音所に運び込み、仕上がったテープを再びテレビ局に急いで運ばなければならない。

時間との競争が、その番組が放送されている間中次から次へと休みなく続く。
何十本という大量のテープがテレビ局と編集室や録音所の間を往復している訳だ。
それを走って運ぶのが彼女に与えられた仕事だった。

休む間もなく、走っては運び、運んでは走る。
時給1000円。
「本当に大変で、こんな仕事なんかやってられない、と思った」と彼女は言った。
「わたしたちは『走り』って呼ばれるの。それに、上の人たちの言葉も乱暴で、恐くて仕方なかったよ」

生放送の放送現場は、戦場さながらである。
瞬発力と即決の世界だから、ゆっくり説明したり、丁寧な言葉を使う余裕もヒマもない。
スピードが命の世界だ。
言葉も動作も荒くなることもやむを得ない現場である。

デイリーの、その規模の大型ワイド番組だと、何十人ものスタッフが制作にかかわる。
テレビ局の社員はごく少人数で、ほとんどが複数のプロダクションから派遣されたスタッフたちの混成部隊である。
そこに飛び込んで来る日替わりの短期学生アルバイトが大切に扱ってもらえる土壌はないのに違いない。

「何人かのAD(アシスタントディレクター)さんと話したけれど、それでもバラエティー番組のADはその程度の生易しいものじゃないんだって。徹夜は続くし、一週間ほど家に帰れないことなんて珍しくないと言ってた。でも、やりがいは感じるとも言ってた」
「ところで、Aちゃん、君はどう思っているの」とボクは笑いながら尋ねる。
「うーん。あまりやりたくないかなあ。でも、面白そうだとも思うし……」

先日、制作プロダクションの組合であるATP(全日本テレビ番組製作社連盟)が主催する就職説明会があった。
秋葉原の会場に各プロダクションがブースを出して来年4月からの就職を希望する学生たちを勧誘する催しである。
およそ50社ほどの制作プロダクションが2日間に分けてブースを出した。

一日で500人ほどの学生たちが集まったと思われるが、年々集まる学生数は減っているようだ。
そして、人気があって学生たちが集中するのは、圧倒的に情報・バラエティー系のプロダクションのブースである。
ドキュメンタリーに興味を持つ学生はごくわずかだ。

しかし、情報・バラエティー系のプロダクションは応募する学生も多いが、その過酷さに辞めて行く者も多い、出入りの激しい世界と聞いている。
ボクたちドキュメンタリー系の会社は、それと比べるとずっと緩やかで、AD残酷物語はほとんどないと言っていい。

5月に入るとボクたちの会社でも面接試験が行われるが、決まって応募者が尋ねるのは、休暇は取れるか、徹夜は無いか、の2点である。
テレビの制作現場の過酷さの噂が学生たちの間で広く喧伝されている様子だ。

ここ10年ほどで働く人たちの感覚が大きく変化し、つくづく時代とは変わるものだと実感させられるが、以前には聞くことの無かった労働環境や労働条件への意識が間違いなく高くなっている。

ボクたちの会社でも、必ずしも日曜祭日に休めるとは限らないが、代休はとれるようになっているし、時として徹夜しなければならないこともあるが、その分休暇がとれる。
そして多くの学生が懸念するような、非人間的な労働環境ではないことは確かである。
ことに、4月から施行される働き方改革の法律に沿った労働の在り方には特に気を配っている。

世の中は動き、常に変化していく。
それに伴い、世間の常識も目まぐるしく変化する。
一旦決められた法律は、仮に悪法であったとしても順守しなければならないが、しかし、忘れてはならないことがある。
それは、世間の常識とは別の視点で、なぜ働くのかという観点からの自らへの問いかけである。

「人はパンのみにて生くるものに非ず」という聖書の言葉がある。
本来の意味からすると引用が適切であるかどうか知らないが、働いて糧を得ることは必須の大切な要素であるとしても、その仕事を通して何を求め、何を得ようとするのか、そして何を生み出すのかも同時に大切なことである。
それが自分の楽しみや喜びであろうと、世間や他人様の役に立つためであろうと何であろうと構わない。

ボクが就職希望者の採用に際しての基準にしていることは、まずその一点である。
給与や労働条件は大切だが、それを一番に考える応募者は絶対に採用しない。

ボクたちの仕事である番組制作にどこまで本気に取り組む構えを持っているかの見極めを重視する。
それがイコール、給与や労働条件を軽視するという事ではない。
別の次元の話である。
本当にモノを作りたいと思っている人材、コレを発信したいと願っている人材、あるいはまた、この仕事を通して人に喜んでもらったり楽しんでもらったり感動してもらったりして欲しいと願う人材を求める。

ボクたちの会社をひと口で表現すると、ゆったりとした番組の作り手たちの場だ。
ひとりひとりを労働のための駒としてではなく、それぞれの個性を重んじる自由な雰囲気の会社である。
そのことについては自信を持って断言できる。

ボクは自由を愛する。
中でも、もっとも大切にするのは言論の自由である。
しかし、自由であるということは、実は厳しい、大変だ、苦しいと同義語でもあることを知っておかなければならない。
自分が発信しない限り、また、自分が積極的に行動したり、責任を持って対処しない限り、身の置き場がなくなるということでもある。
いずれにしても世の中、楽な生き方は存在しないのである。

ボクたちはいま、どのような個性を持ったオモシロイ人材がわが社の扉を叩いてくれるのかを心待ちにしている。

      「常識を 捨てて拾える 自由かな」


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馬鹿社長

Author:馬鹿社長
【小田昭太郎】
株式会社オルタスジャパン代表取締役

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